栄養学

我々の体は、本当に完璧なぐらい精密にできた化学工場である。

医師をしているとそのことを日々実感する。医師として、病に苦しむ患者を見る機会が非常に多くともそれでも我々の人体は凄まじいものであると常々思うのだ。最近は、栄養について非常に興味関心が湧いており、少しでも時間を見つけると栄養学の論文をみている。

なぜなら患者と話をするときもこの話は切ってもきれない。何を食べたらいいか?糖質はだめなのか?油はだめなのか?添加物は悪なのか?今は情報が溢れかえっているため、患者も情報に振り回され、精神的にすり減らしているように見える。医師であるからこそ、真剣に耳を傾けてくれる人は患者であれ、知人であれ多い。職業上、私の発信する言葉には、それなりの責任があると実感し、栄養科学についての論文を頻繁に目を通すようになったのである。

いざ論文とみてみると非常に興味深い。医療の世界は情報のアップデータが非常にはやく、常に走りつづけていないとあっと言う間に取り残されてしまう世界ではあるが、栄養学も医療並みにもしかしたらそれ以上に常識がどんどん変化していき、非常に変化に満ち溢れた世界である。そして、栄養学は日常のことだ。今日の晩飯をどうするか…と考えたところから、栄養学は実践されるわけである。この世界に生きる全人類が文化や習慣、そして“意識”による栄養学を日々実践し、その結果を受け取っていると言えるのだ。少々ダイナミックでおおげざな表現をしてしまったが、そう思うのだ。

精神と肉体は栄養からできていると言える。

栄養不足になると脳に栄養がいかず、脳がエネルギー不足になる。人間の脳には、パワフルかつ高度なシステムを持つスーパーコンピューターのような構造と仕組みがある。動作や呼吸、思考、反応の仕方など、あらゆる身体機能をコントロールする役割を行っている。記憶の保存も脳が行っている。日々仕事のクオリティーもほぼ脳が支配しているといえるだろう。

精神面のことを特化して少し述べる。セロトニンという心を安定化させ、安らぎと癒やしをもたらす成分。幸福感ややる気を高めてくれるドーパミン、愛情や精神的安心感のホルモンである、オキシトシン。

脳に栄養が行き届かないと前向に物事を考えるこれらの成分が分泌されず、精神的に落ち込みがちなる。(実際にはもっと多く必要な栄養素はある、次回以降に随時書いていく)落ち込んだ人物を見た際に人は、気持ちの問題だろうと思う。それも一理あるのだが、その根底は栄養の問題でもあるのだ。脳に必要な栄養が行かずに、多くの必要な栄養素が分泌されない、また行き届かない状態。体が酸性に傾き、疲れやすく、老廃物がきちんと排出されない状態。そんなときに明るく、前向きに頑張れなどと言っても無理なのである。体が重くだるく熱があるのに元気で前向きな人はいないだろう。人の考え方は、体の栄養状態によって大きく変化するのだ。栄養不足はいわば気づきずらい慢性風邪状態といえるのである。栄養のことをしれば知るほど奥が深い。

このブログを通して、栄養学の重要性を予防医学の観点から伝えていきたいと思っている。

参考になれば幸いである。